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大阪地方裁判所 昭和63年(ワ)3788号 判決 1991年6月06日

原告 福岡三郎

<ほか一〇五名>

原告ら訴訟代理人弁護士 松本健男

同 西川雅偉

同 櫻井健雄

同 井上英昭

同 在間秀和

同 山内良治

同 太田小夜子

被告 松原市

右代表者市長 土橋忠昭

被告訴訟代理人弁護士 俵正市

同 苅野年彦

同 寺内則雄

被告指定代理人 白石研二

<ほか九名>

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、別紙物件目録記載の土地上にごみ焼却場を建設してはならない。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告らは、被告が後記のとおり本件ごみ焼却場(以下「本件焼却場」という。)の建設を予定している大阪府松原市若林町所在の別紙物件目録記載の土地(別紙図面赤斜線区域内に位置する。以下「本件建設予定地」という。)のほぼ一〇〇メートルないし三五〇メートル以内(別紙図面表示の赤枠区域内)に居住する住民であり、その相当数は本件建設予定地またはその周辺一キロメートル以内に自作地、保有田(小作人に耕作させている土地)、小作地のいずれかを有している。

(二) 被告は、本件建設予定地上に本件焼却場の建設を予定している地方公共団体である。

2  本件焼却場建設計画

被告は、昭和四七年暮れ頃までに、本件建設予定地に本件焼却場を建設する計画を立てた。

被告が計画する本件焼却場の概要は、被告が昭和五六年頃に発表した「松原市廃棄物処理基本計画(昭和五五年度)」(以下「基本計画Ⅰ」という。)によれば、計画焼却処理量は一日当たり一八〇トンであり、焼却量一日当たり九〇トンの連続燃焼式機械炉を三基設置し、二基を常時稼働状態にし、一基を予備炉とするものである。

3  所有権等に基づく本件焼却場建設の差止請求権

(一) 差止請求権発生の判断基準

本件焼却場建設の可否は、右建設による環境悪化の程度と右各住民参加手続の相関関係によって決定される。

すなわち、住民参加の手続を踏んでいなければ環境悪化の程度を問わず立地は認められないし、住民参加の手続を踏んでいても環境悪化が健康被害を発生させる程度に至る可能性があるときは立地は認められない。右中間の場合には、住民参加手続を踏んだ程度と環境悪化の程度を相関関係でとらえ、立地の可否を決するべきである。

本件においては、以下のとおり、住民参加手続の点においても、環境悪化の程度においても立地は許されないものである。

(二) 住民参加手続の必要性とその欠如

(1)① 被告は地方公共団体として、本件焼却場のように地域の環境に長期的かつ重大な影響を与えるおそれのある行為をするについては、事前に当該行為によって環境にどのような影響を及ぼすかを科学的に調査し、その調査結果全部を地域住民に開示し、反論反証を提出するに十分な機会を住民に与え、その納得を得る義務を負う。これは環境権の手続的側面であり、また、相隣的信義則、さらには住民の人格権、環境権の内容として住民に不安の解消を求める権能があることをも根拠としており、このような手続を経ていない本件焼却場の建設はその点だけで違法であり、直ちに差し止められるべきである。

② 右建設手続については、具体的には、事前に少なくとも次のような手続を踏まなければならない。

すなわち、概括的立地条件の調査、立地計画の住民への開示説明、住民からの意見聴取、事前調査(環境アセスメント)、調査結果の公開及び住民の同意を求めることである。右手続のうち、立地計画の開示については代替案(他の候補地、他の設備、操業方法等)も参考として提示すべきである。住民の意見を聴取しその同意を得る手段としては、公開討論会、公聴会、住民投票等が考えられる。

(2) 環境アセスメントの不十分性

① 定義、目的、不可欠性

環境アセスメントとは、我が国では環境影響(事前)評価と呼ばれ、一つの事業が周辺環境に及ぼす悪影響を事前に評価し、もしそれが社会として容認し得ない程度のものであれば、その計画を社会が変更あるいは中止させるところの調査研究及び評価決定の総体であるとされている。

そして、この環境アセスメントの目的は、開発しようとする事業の計画過程に対し、これを事前に総合的に検討評価する中で、事業による悪影響がほとんどなくなるような方策を見い出し、事業計画を手直しすることにより環境汚染の発生を防止しようとするところにある。

したがって、一つの事業計画の実施に先立ってなされるべき環境アセスメントが全くなされなかったり、見せかけだけの不十分なものであった場合には、公害予防、被害発生予防の方策が十分なされないまま事業開発が推進されることになるから、これによって公害が発生し、多数住民の生命・健康に多大の被害をもたらす蓋然性が極めて高いといわねばならない。ごみ焼却場という事業が公害の原因となる煙・ガス等の排出を不可避とするものであることを考えれば、右蓋然性はさらに高く、環境アセスメントは、必要不可欠であることが明らかである。

② 環境アセスメントの必要要件

環境アセスメントが十分であるというためには、次の各要件を備えることが必要である。

ア 公害発生が予想されるところの事業内容を明確にする。

イ 当該事業計画の実施により発生が予想される公害が防止できるか否かの検討のための具体的調査項目、調査方法の検討をし、右検討により決定されたところに従った調査を実施する。

ウ 右調査結果を解析し、解析した結果に基づき当該事業が現実に稼働したときにどのような公害が発生するかしないかを予測する。

エ 右予測結果に基づいて当該事業の実行、一部修正あるいは中止を判断する。

オ 事業の悪影響を受ける可能性の大きい周辺住民を右調査研究に参加させ、その意向を決定において尊重する。

以上の要件のうち、オについては、事業の対立当事者である周辺住民を環境アセスメントに参加させることにより、初めてその調査研究及び評価を慎重にさせることが可能になり公害防止を容易にすることができるのであるから、これは不可欠の要件である。

③ 実施されるべき環境アセスメントの内容

かかる環境アセスメントの要件を満たすために行われるべき内容は、まず、本件建設予定地及びその周辺の地理的条件、気象条件を可能な限り正確に把握しなければならず、右条件を正確に把握するためには、適切に選ばれた時間的空間的スケールによる現地調査が不可欠なものとなる。

ア 本件建設予定地周辺の地形的調査及び気象観測

気象調査は、大気汚染等の評価のためには必要不可欠の調査である。そして、地形と気象とは相互に関連するから、排煙の拡散状況を知るためには地形の特徴を無視した地点・位置を選択した気象観測は意味をなさない。すなわち、地形地物が平坦地と異なる場合には、地形地物が直接空気の流れ方や乱れ方を変え、また空気の温度分布を一様でなくして気流と空気の乱れを複雑にするために、大気の拡散状況が異なってくるのである。

したがって、本件焼却場周辺の地盤の高低、周辺建物の高低等を詳細に調査した上、空気の流れ具合や乱れ具合及び温度分布を正確に把握できるような適切なスケールを選んで、現地主義に即した詳細な気象観測を行わなければならない。

イ 建設予定地付近での拡散実験

環境アセスメントにおける予測は、適切なスケールによる現地調査の結果を基礎として、これを解析し、これに基づいて汚染物質の大気拡散の推定を行うべきであるが、実際の拡散状況は、地形や気象条件により複雑に変化するので、仮に現地主義に基づいた適切な地形調査や気象観測がなされた場合でも、数学的計算式により拡散を正確に推定することは困難である。

したがって、計算式に頼ることなく、現地における拡散実験、煙流実験や地形モデルによる風洞実験を行って、予測の正確性を担保しなければならない。中でも、現地での実際の空気の流れ方や乱れ方を知り、現地の拡散状況を定量的に調査する方法として拡散実験が最良の方法であるといわれており、拡散実験により初めて現実の汚染発生を確認することができ、大気汚染予測のための計算式に基づく数値シュミレーションの値の適否の検討が可能となる。

ウ 建設予定地付近での煙流実験

建設予定地での実際の空気の流れ方や乱れ方を知り、現地の拡散状況を定性的に調査する方法としては、煙流実験が最適の方法である。前記拡散実験は汚染物質の大気中の拡散状況を調査するには最も望ましい方法であるが、多額の費用と多数の人員を要するため、長期間の実験は困難である。そこで、拡散実験を補完する方法として比較的安価でできる煙流実験も環境アセスメントとして必要な調査である。

エ 現地の地形モデルによる風洞実験

風洞実験による拡散実験も重要な調査であるが、風洞実験においては、風洞内の気流と実際の現地での気流を相似させることが最も重要であるところ、その基礎資料を得るには、現地における拡散実験による情報が必要であるから、風洞実験は、あくまで拡散実験の補完のための調査方法にすぎない。

④ 被告が実施したと称する環境アセスメント

被告は、環境アセスメントとして気象観測及び風洞実験を行っているが、右気象観測及び風洞実験は次の点で不十分であり、到底環境アセスメントの名に値しないものである。

ア 気象観測について

被告は、本件建設予定地内で一応の気象観測を行っているが、以下の点において不十分である。

a 観測高さが周囲の建物の高さより低い一〇メートルの位置で行われており、周辺建物の影響を受ける位置及び高さである。

b 観測点が一か所であり、本件建設予定地周辺の空気の流れ具合、乱れ具合を把握する資料としては不十分である。

c 温度勾配を知るための観測を実施していない。すなわち、原告らは、各季節ごとに温度勾配を知るための観測調査を実施して、本件建設予定地周辺に逆転層現象が生じることを指摘しているにもかかわらず、被告は右観測を全くしようとしない。

以上のように、被告が行った気象観測は、本件建設予定地周辺の空気の流れ、乱れ具合を正確に把握するには極めて不十分なものであって、環境アセスメントの名に値しないものである。

イ 風洞実験について

被告が行った風洞実験は、次の点において不完全、不十分である。

a 地形の設定において、若林町住宅地域の東南部の四分の一弱しか含めておらず、原告らの住宅地域全体に対する影響を把握することができない。また、住宅地域西方及び西南方の高速道路、東南東の建物等煙源に影響を与えることが予想される建物、施設が地形モデルから除外されており、空気の流れと乱れ具合が正確に把握できない。特に高さ二七メートルのシャープ倉庫が除外されている点が問題である。

b 風向き設定については、東と西の二方向しか実験していない。

さらに、拡散実験が一回もなされず右実験により得られた基礎資料を欠いている点で本件風洞実験は環境アセスメントの名に値しない。

(三) 予測される環境被害

(1) 大気汚染

本件焼却場の煙突から排出される諸有害物質は、大気を汚染し、それぞれ次の様な被害をもたらす。

① 窒素酸化物

窒素酸化物である一酸化窒素及び二酸化窒素は、物が高温で燃焼するときに、大気中の酸素と窒素が直接反応したり、あるいは、有機窒素化合物が燃焼するときに、空気中の酸素と反応して発生する。

ごみを焼却する際には、ごみ中に有機窒素化合物が多く含まれていること及び炉内の温度が高温になることから、窒素酸化物が多量に発生する。

窒素酸化物は、気管等を冒し、気管支炎、喘息、呼吸不全、呼吸困難を引き起こし、気道や肺を冒すと、肺気腫、心臓衰弱、胃腸障害を引き起こす。

さらに窒素酸化物は、光化学スモッグの原因ともなり、生命に危険を与える。

② いおう酸化物

いおう酸化物である亜硫酸ガス(二酸化いおう)、三酸化いおうは、ごみ中に含まれているいおう分が燃えたり、あるいは水分が多くて自らではごみが燃えない場合に、助燃料として重油(平均二%のいおうが含まれている。)を添加することによって発生する。

いおう酸化物は、人間の体内に吸収されると、体内の粘膜の水分と反応して気道や肺を冒し、慢性気管支炎、喘息、気管収縮を引き起こし、さらに進行すると呼吸困難に陥る。

③ 塩化水素

塩化水素は、ごみ中に含まれるプラスチックのうち、塩素を多量に含む塩化ビニルが燃焼するときに発生する。

塩化水素は、目、鼻、気道、肺等の粘膜を冒し、歯を腐食させたり、鼻腔や歯茎の出血、潰瘍、視力の低下をまねく。

④ ばいじん

ばいじん、すなわち浮遊粒子状物質とは、空気中に浮遊する微細な粒子の総称であるが、環境汚染の場合は、その粒子が一〇ミクロン以下のものをいう。けだし、一〇ミクロン以上のものは、鼻腔と咽喉部に大部分が付着し、痰や鼻糞として排出されるが、一〇ミクロン以下のものは、気道や肺胞に沈着し、人間の健康に障害を与えるからである。

ごみを焼却する際において、ごみが不完全燃焼をしたり、ごみ中に不燃物質を含有している場合には、ばいじんが発生する。

ばいじんが肺胞に蓄積されると、じん肺となり、息切れ、喘息、心臓障害、体力消耗等の障害が生じる。

⑤ ダイオキシン

ダイオキシン(PCDD)とは、ポリクロロダイベンゾパラダイオキシンのことであり、有機塩素化合物の一種であるが、単一の物質ではなく、数種の化合物の総称である。PCDDの四塩化物のテトラクロロダイベンゾパラダイオキシンTCDDには、二二種の異性体があるが、そのうち2・3・7・8TCDDは史上最強の毒性を持つといわれ、その毒性はDDTの一万倍である。ダイオキシンは、塩化ビニルなどの有機塩素系樹脂を含むプラスチック製品の燃焼によって発生する。ダイオキシンが体内に蓄積すると、癌を誘発したり、遺伝子に強い影響を与え、先天性異常児や死産の原因となる。

⑥ 無機水銀

ごみ中に水銀製品が混入していると、ごみの焼却により、水銀が発生する。無機水銀は、人間の中枢神経に障害を与え、頭痛、不眠、手指の振せん、興奮等の症状を呈し、無機水銀が有機化し、有機水銀となると、言語障害、歩行障害、知能発育阻害、知覚障害、脳性小児麻痺等のいわゆる水俣病の症状を呈する。

⑦ 複合汚染

右に述べた①ないし⑥までの物質が、相互に影響し合い、さらに自動車の排ガス、工場の排煙等との相乗作用により、予測のつかない被害が生じる。

(2) 排水汚染その他

① 排水汚染

本件焼却場からの排水により、塩分による農作物の減収、重金属による農作物の汚染、有機物や窒素酸化物による稲作等の青立ち、徒長等の農業被害が生じる。

② 悪臭

悪臭は、物質の腐敗によって生じるものであり、ごみを貯蔵するごみピット、ごみ運搬車及び排煙が発生源であるが、ごみ運搬車から落下する汚水が搬入路に染み込むことによる悪臭の発生も無視できない。

③ 振動、騒音

振動、騒音は、ごみ運搬車及び本件焼却場の破砕機や誘引通風機、塩化水素除去装置、ごみ運搬車から発生するものであるが、このような振動、騒音は、人体に対して、その自律神経、内分泌系に影響を及ぼし、頭痛、吐き気、眩暈、心臓がどきどきする等の被害をもたらす。

④ 低周波

低周波は、波長の長い空気振動であり、人間には音としては聞こえないが、振動、騒音と同様、人体に対して頭痛、吐き気、眩暈、自律神経失調などの被害を与える。

⑤ 交通渋滞、交通事故

焼却場へのごみ搬入路として、被告は、若林町の玄関口道路である府道大阪羽曳野線の大和川の堤防部分の使用を予定している。しかしながら、府道大阪羽曳野線は、現在でさえ交通が渋滞し、交通事故が多発しているにもかかわらず、ごみ運搬車が通行することになれば、さらに交通渋滞がひどくなり、交通事故が増大する。

⑥ 浸水時に生じる環境被害

本件建設予定地付近は水没しやすい地域であり、若林町の住民にとっては、遊水地帯としての重要な役割りを果たしている。本件建設予定地が水没した場合は、焼却場内の残灰等が場外へ流出することになり、また府道大阪羽曳野線の交通途絶により残滓、汚水の搬出も不可能となれば周辺の住家、用水、農地を汚染する危険が大きい。

⑦ 若林町の発展阻害、陸の孤島化

本件焼却場が建設されれば、原告らの居住する若林町の唯一の発展空間が奪われ、若林町は完全に陸の孤島となってしまう。

(四) 差止請求権の根拠

以上のような環境被害をもたらす本件焼却場については、その周辺住民は、その建設工事の差止めを求める権利を有しているというべきであり、その具体的な法的根拠は以下のとおりである。

(1) 環境権

原告らは、よい環境を享受し、かつこれを支配し得る排他的権利、すなわち環境権を有している。

憲法二五条は、国民に対し、基本的人権として「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を保障しているが、このためには、よい環境がこの健康で文化的な生活の前提条件であることから、生存権保障の当然の帰結として、基本的人権としての環境権を認めることができる。

のみならず、一定水準の生活環境を維持し、形成することは、憲法一三条が基本的人権として保障する幸福追及権の目標であり、かつその内容でもある。このように生命及び健康を維持するために清浄な水や空気を利用できるのは、単に事実上の利益又は反射的な利益に止まらず、生命、自由、幸福追及の権利として認められるものであって、この意味において、環境権は、生命、自由及び幸福追及の権利を保障している憲法一三条からも認めることができる。

そして、原告らの居住地域は、戦後の様々な変動の波を受けることなく、田園、河川、社寺、町並み等において、旧来の状態を維持した緑豊かな閑静な地域であり、原告らは、これまで、右良好な環境を享受してきたばかりでなくこれを維持してきたものであり、これに対し、本件焼却場が建設され、これが現実に稼働することになれば、原告らが現在享受している右のような良好な環境が破壊、汚染されることは必至であるから、原告らは右環境権に基づき、本件焼却場の建設工事の差止めを求める権利を有している。

(2) 人格権

本件焼却場の建設稼働により、単に環境が破壊されるに止まらず、後記のとおり、その排煙による大気汚染と排水による水質汚染によって、原告らの健康が著しく侵害されるおそれがあるので、原告らは、人格権に基づき、本件焼却場の建設工事の差止めを求める権利を有している。

(3) 土地所有権、土地耕作権

原告らの相当数は、本件建設予定地の周辺一キロメートル内に宅地や、農地を所有し、あるいは右範囲内の土地を耕作しているものであるが、本件焼却場が建設されれば、原告らの所有ないし耕作している土地の効用が著しく侵害され、多大の損害を被ることは必定であるから、原告らは、右土地の所有権ないしは耕作権に基づき、本件焼却場の建設工事の差止めを求める権利を有している。

4  原告らと被告との間の合意に基づく差止請求権

原告らは若林町住民として被告との間において、昭和五五年一一月一七日に、本件焼却場の建設については、以後の手続その他一切の準備行為は、原告らと協議を行い合意を得た上でなすものとし、合意がないまま手続その他一切の準備行為を先行させないことを合意したので、右合意に基づき本件焼却場の建設差止めを求める権利を有する。

すなわち、原告らは、若林町住民として被告との間において、若林町以外にもごみ焼却場建設の候補地となり得る適当な場所を選定した上、今後公平に検討していくので、そのために被告は、昭和五〇年八月二五日付け縦覧告示を撤回し、若林町他二か所の候補地となり得る場所での環境調査を実施することとし、右環境調査を含め、以後行う手続その他一切の準備行為は、原告らと協議を行い合意を得た上でなすものとし、合意がないまま手続その他一切の準備行為を先行させないことを合意した(以下「本件合意」という。)。

したがって、被告は右合意に反して本件焼却場の建設をすることはできないところ、現在に至るも本件建設予定地以外に候補地となるべき場所を選定していないことはもとより、場所選定のための環境調査も行わず、さらにはこれらについて原告らとの間で合意を取り付けることもしていないのであるから、原告らは本件合意に反する被告の建設計画の実施を差し止める権利を有する。

5  よって、原告らは、被告に対し、環境権、人格権、土地所有権、土地耕作権及び本件合意に基づいて本件焼却場の建設の差止めを求める。

二  請求原因に対する認否

1(一)  請求原因1項(一)の事実について

原告池田一也(番号六一)及び同森脇顕次(番号九〇)を除くその余の原告については認める。

原告池田は肩書地に農地を所有しているものの不在地主であり、同森脇は肩書地に住民票はあるが、同所に居住していない。

また、原告らは本件建設予定地の西境界よりおおむね一〇〇メートルないし四六〇メートルに居住している。

(二) 同項(二)の事実は認める。

2  同2項の事実は認める。

3  同3項について

(一) 同3項(二)(1)について

本件焼却場建設のためには事前に概括的立地条件調査、立地計画の住民への開示説明、住民からの意見聴取、事前調査(環境アセスメント)、調査結果の公開及び住民の同意を求めることが被告に課せられた義務であるとの主張は争う。

なお、住民参加手続の必要性及びその欠如については、被告は従前より住民に対し、再三再四住民参加を前提とした理解と協力を得るための説明会開催の機会を求めてきたが、住民側はいたずらに「白紙撤回」のみを前面に押し出すばかりで、いまだ話し合う機会を得るに至っていないものである。

(二) 同3項(二)(2)について

いずれも事実は否認し、主張は争う。

事前調査(環境アセスメント)の不十分性については、法的実施義務は実定法上の根拠がないので原告らの主張は失当である。

被告は環境アセスメントの重要性を理解し、気象観測、風洞実験及び拡散計算(後記基本計画Ⅱ及びⅢ)を行い、一応の環境アセスメントを実施し、焼却場近傍にはほとんど影響がないという結論を得ている。

原告らの本件焼却場が公害汚染源の排出を不可避とし、これによって公害が発生し、多数住民の生命・健康に多大の被害をもたらす蓋然性が極めて高いとの原告らの主張は否認ないし争う。

(三) 同3項(三)について

本件焼却場が操業を開始した場合、原告ら主張のような健康被害ないし環境被害その他の影響が予測されるとの主張はいずれも否認ないし争う。いずれの項目についても適切な公害防止設備を施す等により原告らの主張する被害ないし影響をもたらすことはない。

(四) 同3項(四)について

原告らの主張する権利を前提に、本件焼却場が環境被害をもたらすとの主張は争う。

4  同4項の事実は否認する。

《省略》

第三証拠《省略》

理由

一  当事者及び本件焼却場建設計画

1  請求原因1項(一)の事実のうち、原告池田一也(番号六一)及び同森脇顕次(番号九〇)を除くその余の原告らにかかる事実については、当事者間に争いがない。

原告池田一也が、若林町に耕作地を所有していることは当事者間に争いがなく、同人が不在地主であるとしても、少なくとも土地所有権に基づく差止請求権が認められる余地がある。

また、原告森脇顕次は、《証拠省略》によれば、一応肩書地に住民登録をしていることが認められるので、同原告が現実に同地に居住しているか否かの判断はひとまずおいて、差止請求権の成立についての判断に入ることとする。

2  同項(二)の事実は、当事者間に争いがない。

二  差止請求権

1  差止請求権の根拠

一般に、公害発生の原因となる行為によって、所有権等の物権や人格権が侵害され、あるいは侵害される蓋然性が大きい場合においては、被害者は加害者に対し単に損害賠償請求のみならず、その侵害行為の差止めを請求しうるに至るが、右物権や人格権が絶対的権利であっても、すべての権利は社会との関わりにおいて存在するものであるから、右差止請求権が成立するためには、侵害行為に右差止請求を許容すべき程度の違法性があることが必要である。このように侵害行為に差止請求を認めるべき程度の違法性がある場合には、物権ないし人格権に基づいて妨害排除ないし妨害予防請求権、すなわち差止請求権が生じる。

右の差止請求を認めるべき程度の違法性の有無の判断については、侵害行為の態様・程度・継続性、被侵害利益の内容・性質・程度、侵害を生ずべき行為の社会的有用性ないし公共性、地域性、被害防止対策の可能性、その防止のためになされた努力の程度、公法上の規制基準との関係などの諸般の事情を総合的・相関的に比較衡量し、右衡量の結果、侵害の程度が受忍限度を超えれば、右の違法性があるとして差止めを認容しうることとなる。

なお、原告らは、差止請求権の根拠として環境権を主張するが、環境権なる権利は現行の実定法上具体的権利として是認しうるものではないから、右主張は失当である。

2  本件焼却場建設に対する差止請求権の判断

ごみ焼却場からの排煙により一定の汚染物質が排出されることは不可避であるから、それが人体に対し悪影響を及ぼさないよう各物質ごとに規制をする必要がある。そして、本件焼却場の稼働により、原告らに受忍限度を超える汚染が及ぶ蓋然性が大きいときには、物権或いは人格権に基づき、本件焼却場の建設自体の差止めが認められることになる。

本件焼却場の稼働による環境被害が受忍限度を超えるか否かの判断に当たっては、右1に説示したとおりの諸般の事情、殊に予想される環境被害等付近住民の被る不利益の程度と焼却場建設の必要性、公共の利益を勘案し、その建設が容認できないものであるか否かによって決すべきものであり、環境被害の程度については、一律に判断をすることはできないが、その際、国又は大阪府が定める排出基準又は環境基準は人の健康を保護し、生活環境を保全する上で維持されることが望ましい基準として策定されたものであるから、右基準は右判断をするに当たって考慮すべき主要な要素となる。

3  立証責任

原告らが受忍限度を超える被害を受ける蓋然性の存在の立証責任は、民事訴訟の一般原則に従い、これを主張する原告らにあると解するのが相当である。

4  以上の前提に従って、以下本件について検討する。

三  本件焼却場建設の必要性

《証拠省略》によれば、被告が現在ごみ焼却場として稼働させているものは、松原市立部二七三番地において昭和四二年五月に竣工した定格負荷五〇トン/八時間、最大負荷一五〇トン/二四時間の工場のみであり、他に処理施設を有していないこと、一般に昭和四二年当時の焼却場の耐用年数が七年ないし一〇年程度であったので、右工場はすでに耐用年数を大幅に超えて老朽化が進んでおり、ごみ量の増加により処理能力に余裕がなく、一部稼働時間を延長して処理を図っていること、被告のごみ量は年々増加の傾向にあり、近時ごみ質についても焼却により有害物質を生ずるプラスチック等が増えているにもかかわらず、右工場はごみ質の変化に対応できる構造になっておらず、特にガス洗浄装置等が設置されていないこと、敷地が狭隘なため右ガス洗浄装置やさらには粗大ごみ破砕装置を設置することもできない状況にあり、さらに予備炉がないため定期点検にも不都合であること、以上の各事実が認められる。

右事実によれば、被告においては、十分な敷地面積を有し、最新の設備を設置した本件焼却場のような新たなごみ焼却場を速やかに建設する必要性が極めて高いことが認められる。

四  本件焼却場の概要

1  本件焼却場の規模

《証拠省略》によれば、被告は後記五1(三)のシャープ体育館敷地の西隣に総面積二万〇九八三平方メートルの農地を取得してこれを本件焼却場敷地とし(但し、いまだ買収は完了していない)、その土地上に、横の長さ六〇メートル、高さ二・一五メートルの建屋(縦の長さは不明)を建設し、後記のとおり計画焼却処理量に定期的な休炉及びオーバーホール等の定修稼働率並びに運転率を考慮して一日当たりの焼却量九〇トンの連続燃焼式機械炉を三基設置し、うち一基を予備炉とする計画であることが認められる。

2  《証拠省略》によれば、被告は、昭和五五年に作成した基本計画Ⅰにおいて、昭和六五年度における一日平均ごみ排出量、直接搬入ごみ(建築廃木材)量及び水路・ため池等への不法投棄ごみの内の燃焼対象ごみ量を予測算定し、さらにこれに破砕対象ごみの内の燃焼対象ごみ量を予測算定し加えて全焼却対象ごみ量を一日当たり一四七トンと算定し、さらに月間最大変動係数を一・一五として計画処理量を一七〇トン、さらに余裕を持たせて一八〇トンの処理量を有する本件焼却場建設を計画したことが認められる。

これに対し、原告らは、被告が行ったごみ量の予測及びごみ質予測が杜撰であり、構造指針の趣旨に反し、数値や計算式にも信用性がないなどと主張する。

《証拠省略》には、右基本計画Ⅰにおいては、①収集されたプラスチック、古紙、瓶類についての中間処理計画、最終処分計画の記載がない、②事業系一般廃棄物の内でかなりの量を占めると思われる商店・スーパー等のごみの搬入計画がない、③産業廃棄物として処理されるべき廃木材を搬入ごみとしている、④ごみ質について、見かけ比重と組成が記載されておらず、塩化水素、窒素酸化物の排出量を合理的に推測することは困難である旨の供述記載がある。しかし①の点は、被告において仮にその計画がなされていないとしても、今後被告が合理的に策定して対応できるものであり、②の点については、《証拠省略》によれば、被告は昭和四二年から昭和五三年までの松原市におけるごみ排出量のデータに基づきG・M・D・H法によって、ごみの平均排出量を推計しているもので、右手法における関連要因として、実質GNP、自動車保有台数、一人当たりの市税、耕地面積、工業出荷額、商店数、住宅面積、製造事業所数を使用していることが認められるから、右推計には商店・スーパー等のごみの搬入が考慮されていると見ることができる。③の点については、廃木材を産業廃棄物として焼却対象ごみから除外した場合には、焼却場の処理条件としてはかえってよくなるのであるから、本件焼却場からの排煙による被害予測上なんらの悪影響を及ぼすものではない。また④については、《証拠省略》によれば、被告は昭和五一年八月から昭和五五年三月までの実験データの平均割合により可燃分の元素別割合を算出しており、窒素や塩素等の量の推定が不能とか、その推定が特段不当であるということはできない。そして《証拠省略》には、計画年間平均処理量は、計画目標年次における年間平均処理量の日量換算値とし、計画一人一日平均排出量に計画収集人口を乗じ、更に計画直接搬入量を加算して求めるとし、計画一人一日平均排出量は、過去の一人一日平均排出量(年間総収集量を三六五日で除し、更にその年次の収集人口で除したもの。)の推移から決定するとし、計画目標年次におけるごみ質は、過去の年次別、季節別のごみ質の実績を基にして決定するとしているのであって、被告の右基本計画Ⅰのごみ量の予測及びごみ質の予測方法が、構造指針の趣旨に反し、その内容が、総体として不合理とまでいうことはできない(なお最高発熱量及び最低発熱量は、ごみ質の改善によって、対応することが可能である。)。

3  煙突実体高について

(一)  後記五1(二)に認定のとおり、本件建設予定地は八尾空港の規制管内にあるため、標高五五メートルを超える建造物を建築することは航空法により禁止されているところ、《証拠省略》によれば、本件建設予定地の標高は一三・三メートルないし一四・二メートルであると認められるから、本件焼却場の煙突実体高については、四一メートルまでのものが建設可能であると認められ(る。)《証拠判断省略》

(二)  原告らは、近時ごみ焼却場においては煙突の高度化が進み一〇〇メートル以上の高さの煙突が常識化していると主張している。しかし、公害防止の観点からできるだけ高い煙突を設置することが好ましいといえるとしても、《証拠省略》によれば、本件焼却場と同規模の焼却場についてみても、茨木市(煙突の高さ四〇メートル、一五〇トン/日×三基、昭和五五年八月建設)、池田市(煙突の高さ三四メートル、六〇トン/日×三基、昭和五八年九月建設)などをはじめ、本件焼却場と同規模ないしそれ以上の規模の焼却場においても四〇メートルないし五〇メートル程度の高さの煙突を有する工場は多数あることが認められ、本件焼却場の煙突高が特に異例であると認めるに足りる証拠はない。

五  本件建設予定地の概要等

1  本件建設予定地の概要

《証拠省略》によれば、次の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  大阪平野は、西側は大阪湾に面し、東側は生駒山系と金剛山地、北西側は六甲山地とそれから北東に連なる北摂山地のいずれも標高六〇〇メートルないし一〇〇〇メートルの山地に、また南側は丘陵地を経て東西に走る標高約九〇〇メートルの和泉山脈で囲まれた、東西約二〇キロメートル、南北約四〇キロメートル程度の広さの平野であり、北東方面は淀川に沿って低地が大きく開け、京都盆地に続いている。

(二)  松原市は、大阪平野の南部に位置し、北は大阪市、八尾市に、東は藤井寺市、羽曳野市、南は美原町に、西は堺市にそれぞれ接しており、市のほぼ全域が平坦地である。

本件建設予定地は、元来農村地帯で、松原市の北東部に存在する若林町の東端に位置し、東側の五キロメートル以内は平坦な地形であり、北東方には南北に連なる生駒山系、東方には羽曳野丘陵、南東方には金剛山地が各存在している。本件建設予定地の北側には大和川が近接して流れ、その堤防上には府道大阪羽曳野線があり、他方西から南にかけ弧を描いて高架式の西名阪自動車道が走り、右自動車道の西方には南北に走る近畿自動車道及び阪和自動車道が松原ジャンクションによって接続し、右近畿自動車道及び阪和自動車道の高架下は大阪中央環状線となっていて、若林町はこれらの道路に囲まれている。大和川を越えた北東部に八尾空港(第二種)が存在し、本件建設予定地はその規制管内にある。

(三)  本件建設予定地の東に近接して高さ一四・六メートルないし一五メートルのシャープ体育館が、東南東約二五〇メートルの地点(途中道路を隔てて)には高さ二七メートルのシャープ商品センターの建物(新)が、南東方向には高さ一〇・三メートルないし一三・二メートルのシャープ商品センターの建物(旧)が、南には西名阪自動車道に近接して高さ一四・七メートルないし一四・九メートルのシャープ商品倉庫が、南約三〇〇メートルの地点には上端までの高さが七・六メートルないし九・七メートルの西名阪自動車道防音壁が、南西方面には右高さ四・九メートルないし一二・四メートルの右自動車道防音壁がある。

また、大和川の南側には落堀川が流れ、下流で大和川に注いでおり、本件建設予定地からの排水が容易である。

(四)  本件建設予定地の東側は準工業地域に指定され、右シャープ関係の施設があるが、本件建設予定地については、用途地域の指定はなく、原告らの居住する若林町は、本件建設予定地の西ないし北西約一〇〇メートルないし三五〇メートルの地点にある。

(五)  大和川以南の卓越風向は、西風と東風であり、大体海陸風の吹走方向に一致しているが、大和川沿いの若林町では、同川の影響により、東風よりは南東系の風が多くなっている。そして昭和五六年一〇月から昭和五七年九月までの一年間の風向の相対的出現率は、若林町においては、日中、南風約二%、南南西風約二・八%、南西風約六・七%、西南西風約一二・七%、西風約一二・五%、西北西風約六・二%、北西風約七・一%、北北西風約七%、北風約七・三%合計約六四・三%が南から西、北までの方角からの風で、本件焼却場から原告ら住居に影響を及ぼさない風であり、本件焼却場から原告ら住居に影響が及ぶと考えられる風は北東風約五・二%、東北東風約四・六%、東風約六・二%、東南東風約六%、南西風約四・九%の合計約二六・九%であり、夜間は原告ら住居に右影響が及ぶと考えられる風は、北東風約四・九%、東北東風約四%、東風約六・五%、東南東風約一二・八%、南西風約一六・一%の合計約四四・三%となる。

2  本件建設予定地の適地性

(一)  右1に認定の本件建設予定地に関する地理的、地域的状況及び《証拠省略》によれば、本件建設予定地は松原市の北東端に在り、大和川に望み、シャープ関連施設がある準工業地域に隣接し、周辺は平地(農地)が開けており、大和川堤防に沿う府道大阪羽曳野線を使用することによりごみ収集車が住宅街路を通らずにごみの搬入をすることができること、大和川に沿って流れている落掘川を排水路として利用できることの利点が認められ、原告ら住居に近いという問題はあるものの、松原市においてごみ焼却場を建設するにおいては、地形的・地域的にみて不適地とまで断ずることはできない。

(二)  原告らは、その居住する住宅地域の西端から二百数十メートルの地点にある西名阪自動車道が、排煙の円滑な通過を妨げる擁壁の役割をしていると主張する。しかし本件焼却場の煙突の実体高は、前記四3のとおり四一メートルとすることができるのであるから、その排煙は、原告ら住居の方角に流れる場合においても、通常は防音壁(四・九メートルないし一二・四メートル)の上空を通過するものと推測され(右自動車道の下も高架式により通風は可能)、原告らの右主張はにわかに採用できない。

原告は、風向が逆方向となった場合においても滞留した汚染物質の悪影響を受ける旨主張するが、汚染物質の滞留を認めうる確証はなく、原告らの主張は採用できない。

(三)  また、原告らは本件建設予定地以外にも代替地が存在する旨主張するが、右事実が認められたとしても、そのために本件建設予定地が不適地になるものとはいい難い。

(四)  なお、原告らは、本件焼却場の煙突実体高が低いため、煙の排出速度を大きくせざるを得ず、そのために八尾空港に離着陸する小型航空機に対して気流の乱れ等による危険を与えると主張するが、かかる事実を認めるに足りる証拠はない(《証拠省略》によれば、本件建設予定地は航空機離着陸のコースから外れているのみならず、右主張事実自体は原告らの本件差止請求権の根拠となるものではない。)。

六  本件焼却場からの排煙により予測される環境被害について

1  本件焼却場から排出される窒素酸化物、いおう酸化物、塩化水素及びばいじんの排出濃度

(一)  大気汚染物質

《証拠省略》によれば、窒素酸化物、いおう酸化物、塩化水素、ばいじん(以下、「大気汚染物質」という。)は、原告ら主張(請求原因3項(三)(1)①ないし④)のとおりの健康被害を生じさせる物質であることが認められる。

(二)  国や大阪府の排出基準

大気汚染防止法、廃棄物処理及び清掃に関する法律により国が定めた大気汚染物質についての排出基準は、以下のとおりである。

いおう酸化物 八〇ppm

窒素酸化物 二五〇ppm

塩化水素 四三〇ppm

ばいじん 〇・二g/Nm3

大阪府が定めた基準は、以下のとおりである。

いおう酸化物 六二ppm

塩化水素 一〇三ppm

ばいじん 〇・一g/Nm3

(三)  被告設定の本件焼却場からの大気汚染物質の排出濃度

《証拠省略》によれば、被告は、昭和五五年度の基本計画Ⅰにおいて、次のとおりの排出濃度の基準を設定していることが認められる。

いおう酸化物 三〇ppm

窒素酸化物 一〇〇ppm

塩化水素 二〇ppm

ばいじん 〇・〇三g/Nm3

(四)  そして、《証拠省略》によれば、大手機械メーカーが昭和五一年の時点において、被告の照会に対し、被告の当時の設定基準である、いおう酸化物三〇ppm、窒素酸化物一五〇ppm、塩化水素五〇ppm、ばいじん〇・〇五g/Nm3の排出濃度を保証しており、《証拠省略》によれば、池田市ごみ焼却場(六〇トン/日×三基)における実際の稼働による排出濃度が当初のメーカー保証値を下回る排出濃度に保たれていることが認められる上、その後の技術的進歩により右排出値の改善も期待できないものではない(《証拠省略》によれば、厚生省の指導強化もあって、設計内容・技術の改善がなされてきていることが窺われる)。

(五)  本件焼却場に設置を計画している排煙処理施設

(1) 窒素酸化物について

《証拠省略》によれば、窒素酸化物は、ごみ中又は空気中の窒素が焼却時に酸素と反応して発生し、その反応速度は一〇〇〇℃以上の高温になるほど大きくなるため、焼却炉内温度を八五〇℃ないし九〇〇℃以下に制限して運転することが望ましいとされていること、そのために、還元二段燃焼法を採用することが有効であり、本件焼却場においてはこれを採用する計画であること、右還元二段燃焼法とは、焼却炉内の空気挿入を、乾燥段、燃焼段に分け、乾燥段では空気の供給を押さえ、還元雰囲気で分解させることにより有機物中の窒素をアンモニア、有機窒素ラジカル等にし、次に燃焼段で十分な空気を送って燃焼させ、発生した窒素酸化物に右アンモニア等を反応させて窒素分子を生成させることにより、窒素酸化物の発生を減少させることができる燃焼方法であることが認められる。

(2) いおう酸化物及び塩化水素について

《証拠省略》によれば、いおう酸化物は、タイヤ等のゴム類の燃焼及び助燃料として重油を使用した場合に多く発生し、また、塩化水素は、塩化ビニール系プラスチックやごみ中の塩化水素化合物の燃焼によって発生すること、塩化水素の排出を抑制するためには湿式洗煙装置の採用が必要であり、本件焼却場においてはこれを採用する計画であること、右湿式洗煙装置とは、排ガスを、苛性ソーダ溶液等のアルカリ溶液に通過させることにより、塩化水素を化学反応によって塩化ナトリウム又は塩化カルシウムの形で除去する装置で、その除去効率が極めて高いとされていること、右装置はいおう酸化物の除去にも効果的であること、以上の各事実が認められる。

これに対し、原告らは、洗煙装置は稼働するのに多額の経費がかかったり、故障が多いことを理由とし、理想的に稼働する保障はないと主張し、《証拠省略》によれば、門真市、高槻市、東大阪市、池田市及び寝屋川市等において、経費の点や故障等により、洗煙装置を稼働させない場合のあることが認められる。右装置の稼働を住民に保障しながらこれに違背し排出基準を越える汚染物質を含む排ガスを排出するような場合には、その時点で当然に当該工場の運転停止が問題となるものであるが、そのような問題がありうるということから、現段階で直ちに焼却場の建設自体を差し止めうることにはならない。

(3) ばいじんについて

《証拠省略》によれば、ばいじんは、ごみ焼却により、灰分として沈積せずに、空気流や燃焼生成ガスの流れとともに煙道に出現してくる灰分、金属酸化物、塩化物などであり、この燃焼生成ガスに含まれるばいじんを除去するための集じん装置としては種々のものがあるが、その内、電気集じん装置は捕集率が極めて高く、本件焼却場においてはこれを採用する計画であること、右電気集じん装置とは、正電極と負電極との極間に直流高圧電気による放電を発生させ、排ガス中に浮遊する粒子に帯電させ、電気場中でクローン力により集じん極板に付着させた後、ハンマリングによる衝撃を与え、ダストを底部へ落下させて外部に搬出する装置であること、以上の各事実が認められる。

(4) 以上によれば、本件焼却場においては排ガスに含まれる大気汚染物質を国や大阪府の定めた排出基準内に止めうる技術が採用されるものと認められる。

(六)  以上の事実に照らせば、現在において、被告主張の設定排出濃度は達成可能な数値であると認めることができ、本件焼却場からの大気汚染物質の排出濃度は少なくとも国及び大阪府の定める排出基準を遵守できるものであることは明らかである。

2  本件焼却場から排出される大気汚染物質による環境被害の蓋然性

(一)(1)  大気汚染物質にかかる環境基準

《証拠省略》によれば、公害対策基本法九条に基づき昭和四八年環境庁告示第二五号、昭和五三年環境庁告示第三八号により定められた環境基準値は、次のとおりである。

二酸化窒素

〇・〇四ppmから〇・〇六ppm(一時間値の一日平均値)までのゾーン内又はそれ以下

二酸化いおう

〇・〇四ppm(一時間値の一日平均値)以下

〇・一ppm(一時間値)以下

浮遊粒子状物質(浮遊ふんじんのうち粒径が一〇ミクロン以下のもの)

〇・一〇mg/m3(一時間値の一日平均値)以下

〇・二〇mg/m3(一時間値)以下

塩化水素については環境基準が定められていないが、《証拠省略》によれば、都市焼却処理施設排ガス(塩化水素)規制検討委員会報告は、〇・〇一ないし〇・〇三ppm(一時間値)程度に抑えることが望ましいとしていることが認められる。

また、長期濃度予測値を比較するための一時間値の年平均値に関する環境基準値は設定されていないが、《証拠省略》によれば、二酸化窒素については、中央公害対策審議会答申書において、〇・〇二ないし〇・〇三ppmであること、一時間値、日平均値、年平均値は相互に統計的な関連があり、年平均値において基準を超えるときは一時間値の九八%値や日平均値の九八%値も基準を超えるという傾向があり、二酸化窒素についていえば、日平均値〇・〇四ppmないし〇・〇六ppmは長期暴露の指針である年平均値〇・〇二ppmないし〇・〇三ppmに概ね相当することが認められる。

(2) 大気汚染物質についてのバックグラウンド濃度

《証拠省略》によれば、被告は昭和五六年一〇月から同五七年九月までの間本件建設予定地において気象観測、大気質調査を行ったが、右調査結果は次のとおりであることが認められる。

二酸化いおう

一時間値の九八%値〇・〇二九ppm

日平均値の九八%値〇・〇二一ppm

年平均値 〇・〇一〇ppm

二酸化窒素

一時間値の九八%値〇・〇六四ppm

日平均値の九八%値〇・〇五〇ppm

年平均値 〇・〇二六ppm

浮遊ふんじん

一時間値の九八%値〇・二〇〇mg/m3

日平均値の九八%値〇・一四九mg/m3

年平均値 〇・〇五七mg/m3

(前掲乙第七二号証の二〇ページには、浮遊ふんじんについて、一時間値の九八%値〇・一三二mg/m3、日平均値の九八%値〇・一〇四mg/m3、年平均値〇・〇三八mg/m3と記載されているが、《証拠省略》によれば、一時間値の最高値から九八%値に当たる一六六番目の値は〇・二〇〇mg/m3、日平均値の最高値から九八%値に当たる八番目の値は〇・一四九mg/m3(昭和五七年八月七日)であり、年平均値は〇・〇五七mg/m3と認められ、乙第七二号証の右各記載は誤りと認められる。)

また、《証拠省略》によれば、昭和五六年一〇月から同五七年九月までの塩化水素のバックグラウンド濃度の月平均値は〇・〇〇〇二ないし〇・〇〇〇五ppmであること、さらに、昭和五七年以降に、被告が本件建設予定地付近で行った大気調査結果によっても、本件建設予定地のバックグラウンド濃度は余り変化がないことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  大気汚染予測手法

(1) 大気汚染予測には、一般的にごく短時間(一時間)の予測値を算定する方法(短期高濃度予測)と一定の長時間(一年間等)に平均して算定する方法(長期濃度予測)とがあるが、原告らの主張する大気汚染予測の手法は、短期高濃度予測をもとにしてそれから年平均値への寄与を算定しようとするものであるのに対し、被告は、長期濃度予測を基本にし、そこに短期高濃度予測を加味する方法をとっている。

(2) 被告の予測手法の妥当性

《証拠省略》によれば、被告は、長期濃度予測として環境庁大気保全局大気規制課作成の「硫黄酸化物に関する総量規制」マニュアル(旧マニュアル)及び「窒素酸化物総量規制」マニュアル(昭和五七年刊行、新マニュアル)の両マニュアルの計算式を用いて計数上の濃度予測をしていることが認められる。

これに対し、原告らは両マニュアルの予測手法は既に一定程度汚染が進んだ地域において汚染削減の目的で予測をする場合に用いることを予定しているので厳密性が要求されていないとか、両マニュアルは計算結果を現地における観測、実験によってその適合性を検討することを求めているので、これを行っていない被告の予測は両マニュアルに従ったものとはいえないと批判する。

しかし、《証拠省略》によれば、大気汚染予測の一般的な手法としては、大気中に放出された気体や微細な粒子状物質の移流・拡散過程は、気象条件が時々刻々変化する上、地上の地形の影響を強く受け、また汚染物質の発生源の条件も変動するために、一般的な現象、条件をモデル化し、長期間の平均的な発現と環境濃度との関係を予測する手法を用い、さらに、短期的なものでも環境濃度が高くなるおそれのある現象・条件(フュミゲーションやダウンドラフト、ダウンウオッシュ)を考慮する方法がとられるべきであること、旧マニュアルは、いおう酸化物の排出量削減計画を定めるための大気汚染予測に必要な基本的手順、方法を具体的かつ詳細に示したものであり、新マニュアルは窒素酸化物の総量削減のために旧マニュアルの手法に改良を加えたものであって、ともに学問的知見を集大成し、確立した手法であると認められるのに対し、大気の状況や地形の影響は複雑であって、短期間の濃度予測は困難で確立した手法もないことが認められるから、受忍限度を検討するに当たっては年平均値に基づき汚染物質の濃度の大勢を予測し、これとともに短期的な濃度変化の予測を検討するのが合理的であると考えられる。

右両マニュアルに基づく計算結果については、現地における観測・実験による適合性の検討がなされていないが、《証拠省略》によれば、被告は、後記(三)(3)のとおり、拡散パラメーター等を一段階不安定側に設定して濃度予測をしていることが認められるから、この点を考慮すると、被告の予測値を採用することができないというのも相当でない。

(三)  大気汚染予測1・長期濃度予測値

(1) 本件焼却場からの大気汚染物質の排出濃度については、前記六1に認定のとおり被告が設定した同(三)記載の数値を達成しうるものと考えられるから、被告が本件焼却場建設計画において設定した右数値を前提に以下検討する。

(2) 有効煙突高について

原告らは、コンケウェイ式は、実測データを使用して求められた式であって、対象とした煙突の規模、その際の気象条件等実験条件の枠外では余り利用できないとの記載があること、新マニュアルや各地方公共団体においては本件焼却場のような中小規模の煙源においてはコンケウェイ式がよく合うとされているが、そこにいう中小規模の煙源に本件焼却場があてはまるか疑わしいこと、コンケウェイ式は大気安定度を考慮していないので、モーゼスカーソン式のように大気安定度を考慮すべきことを主張する。

しかし、《証拠省略》によれば、有効煙突高を算出する式は複雑のものがあるところ、コンケウェイ式は、排ガス量一五Nm3/秒ないし一〇〇Nm3/秒の中小発生源向きに作られた式であること、同式は、計算が簡単であるうえに、平均的にみて煙の上昇高さとよく合うことから広く利用されていること、また、大阪市公害対策審議会の答申及び三重県等各地方公共団体の環境影響評価指針において、排ガス熱量2×106カロリー/秒未満の点源の場合に適用すべきとされていること、昭和五八年の大気汚染報告において、今日まで提案されている二六の算式の中でコンケウェイ式又はオプティマイズドコンケウェイ式が最も良く妥当し全ての煙源に適用できるとされていることが認められる。

そして、《証拠省略》によれば、本件焼却場の排出ガス熱量は、〇・五二×106カロリー/秒であることが認められ、2×106カロリー/秒未満であること、さらに、《証拠省略》によれば、被告は、コンケウェイ式で求めた数値に安全側予測として〇・六五を乗じて有効煙突高を求めていること(後記ケース2)が認められることをも考慮すると、コンケウェイ式をもって有効煙突高を計算した上その結果を検討することが不合理であるということはできない。

(3) 長期濃度予測値

① 基本計画Ⅱでの予測値

ア 《証拠省略》によれば、被告は若林町における気象データがないため、風向・風速・日射量に関しては、本件建設予定地から南西三キロメートル離れた観測地点における藤井寺市の気象データ(昭和五四年四月一日から昭和五五年三月三一日までの一時間値)を使用し、夜間の雲量については、右観測地点において観測されていないため、本件建設予定地に最も近い大阪気象台のデータ(昭和五四年四月一日から昭和五五年三月三一日までの三時間値、ただし補間法により一時間値に換算)を使用し、旧マニュアルに準じて昭和五五年に、本件焼却場による大気環境への影響につき、以下の排出条件等を設定の上、長期予測をしたことが認められる。

排出条件等

排出ガス量

最大稼働時四四六〇〇Nm3/時

平均処理時三六五〇〇Nm3/時

排煙温度一五〇℃

煙突実体高四一メートル

排ガス濃度

いおう酸化物 三〇ppm以下

窒素酸化物 一〇〇ppm以下 (二酸化窒素六〇ppm以下)

塩化水素 二〇ppm以下

ばいじん 〇・〇三g/Nm3

拡散式 風速が一・〇メートル/秒を超えるときは プルーム式

それ以下のときは パフ式

有効煙突高の計算式 風速が一・〇メートル/秒を超えるときは コンケウェイ式

それ以下のときは ブリッグス式

イ 排ガス量を最大稼働時四四六〇〇Nm3/時(一八〇トン/日)として計算した最大着地濃度予測は次のとおりであることが認められる。

二酸化いおう 〇・〇〇〇二〇ppm

二酸化窒素 〇・〇〇〇三九ppm

塩化水素 〇・〇〇〇一三ppm

ばいじん 〇・〇〇〇二〇mg/m3

② 基本計画Ⅲでの予測値

ア 《証拠省略》によれば、被告は若林町五四番地において昭和五六年一〇月から観測した気象データを用い、基本計画Ⅱで採用した旧マニュアルに比し、静穏時の拡散、排煙上昇モデル等に新たな学問的知見を取り入れるなどの改善が行われた新マニュアルの予測手法を採用して、昭和五八年に、本件焼却場による大気環境への影響につき、以下のとおりの排出条件等を設定の上、長期予測をしたことが認められる。

排出条件等

基本計画Ⅱにおけると同様の条件(但し、以下の項目については、以下の数値、計算式による。)

上空風速換算係数 〇・三

有効煙突高の計算式

風速〇・〇ないし〇・四メートル/秒の無風時には

ブリッグス式

〇・五ないし〇・九メートル/秒の弱風時には

コンケウェイ式とブリッグス式の内挿法

一・〇メートル/秒以上の有風時には

コンケウェイ式

拡散式

右無風時及び弱風時にはパフ式

有風時にはプルーム式

イ 右を前提とし次の各条件のケース毎に計算した結果、最大濃度となる着地地点はいずれも煙源の東五〇〇メートルに認められ、右予測数値は次のとおりであることが認められる。

(ケース1)

排出ガス量 三六五〇〇Nm3/時(年平均処理量一四七トン/日に相当するガス量)

温位傾度 昼〇・〇〇三℃/m、夜〇・〇一℃/m

上空風速換算係数 〇・三

拡散係数 パスキルギルフォード図に基づく。

各物質の最大予測濃度

二酸化窒素 〇・〇〇〇一四ppm

二酸化いおう 〇・〇〇〇〇七ppm

塩化水素 〇・〇〇〇〇四ppm

ばいじん 〇・〇〇〇〇七mg/m3

(ケース2)

排出ガス量 四四六〇〇Nm3/時(最大処理量一八〇トン/日に相当するガス量)

排煙上昇高さに〇・六五を乗じる。

上空換算係数 〇・五

他はケース1と同じ条件

最大予測濃度

二酸化窒素 〇・〇〇〇二一ppm

(ケース3)

藤井寺の気象データを用いた。

他はケース1と同一の条件

最大予測濃度

二酸化窒素 〇・〇〇〇一四ppm

(ケース4)

初期拡散幅を考慮した。

他はケース1と同一の条件

最大予測濃度

二酸化窒素 〇・〇〇〇一六ppm

(ケース5)

安定度を一ランク不安定側にしたパラメータを用いた。

他はケース1と同一の条件

最大予測濃度

二酸化窒素 〇・〇〇〇二二ppm

③ 以上によれば、本件焼却場の稼働による長期濃度の予測結果は各予測値とも環境基準より二桁ないし三桁以下の数値であり、なお原告らに対する安全性の観点から仮に右数値の倍額を前提に考えても、本件焼却場の稼働が若松町の大気環境に与える影響は極めて小さいものといわざるをえない。

(四)  大気汚染予測2・短期高濃度予測

短期的に、地上に高濃度をもたらす現象の代表的なものであるフュミゲーション、ダウンドラフト、ダウンウオッシュについて、以下検討する。

(1) フュミゲーション

① フュミゲーションの発生条件及び発生頻度

ア 《証拠省略》によれば、フュミゲーションとは、接地逆転層が下方より崩壊し、上層が安定、下層が不安定となり、上層に閉じ込められていた高濃度の煙が不安定層に巻き込まれ、地表に速やかに舞い降りる現象をいうこと、気温が逆転している大気層を逆転層といい、逆転層には地上近くから五〇〇メートルまでにできることが多い接地逆転層と一〇〇〇メートル前後の上層にできることの多い上層逆転層とがあること、逆転層の高さが五〇〇メートルを超えるときは排出物質の地上濃度にほとんど影響を与えないため、地上の大気濃度に対する影響を考察する場合には接地逆転層について考慮すればよいこと、接地逆転層が生ずる原因は、主として晴れた風のない夜間に放射のため地表面や地物が冷却し、これに接する低層大気が冷却されることによって生ずる放射性逆転によるものであること、右接地逆転層は日の出後日射によって地上が暖められることによって崩壊していくこと、接地逆転層の発生と崩壊は本件建設予定地に特有のものではなく日常的に発生する現象であること、以上の各事実が認められる。

そして《証拠省略》によれば、松原市気象観測データから、高濃度を引き起こすおそれのあるフュミゲーションが発生すると考えられる気象条件〔①まず安定層が存在すること(安定度E、F又はG)②その後の安定層の解消時にすみやかに上層の煙が不安定層に移行すること(安定度A又はB)の二条件〕を基に、その発生頻度を調査した結果、フュミゲーションの頻度は年間八時間(〇・〇九%)にすぎないことが窺われる。

イ これに対し、原告らは、フュミゲーションは、逆転層の崩壊によって生ずる日常的な現象であると主張するが、接地逆転層の崩壊によって常にフュミゲーションが発生すると認めるに足りる証拠はなく、むしろ《証拠省略》によれば、フュミゲーションが発生するためには、煙を閉じ込めた上空の大気安定層がパスキル安定度でE(やや安定)又はF(安定)の状態から、垂直方向に激しく混合するかなり強い不安定状態、例えばパスキル安定度でA(強い不安定)又はB(不安定)に変化することにより、上空に閉じ込められていた煙が速やかに下降することが必要であり、このような条件が揃った場合に初めてフュミゲーションが発生するものであって、逆転層の崩壊により常にフュミゲーションが生ずるとは限らないこと、本件焼却場の煙突からの排煙は、逆転層が発生するような弱い風速の場合には主として熱的な浮力で少なくとも地上一五〇メートル程度まで到達し、一五〇メートル以下の逆転層なら本件焼却場からの煙は、その逆転層を突き抜け、フュミゲーションの前提となる煙の滞留は起こらないことが窺われる。

原告らは、また、本件建設予定地付近他二か所において、午前六時から午前一〇時までに窒素酸化物の大気中濃度の上昇が観測され、午前八時頃のピークはフュミゲーションに起因し、したがって、ほとんど毎日フュミゲーション的な現象が生じていることの裏付けであると主張するが、《証拠省略》によれば、右汚染濃度が上昇するのは、午前六時から午前一〇時までの間だけでなく午後六時から午後九時までの間にも上昇する傾向にあるところ、《証拠省略》によれば、本件建設予定地を含む大阪平野は右各時間帯頃に陸風と海風が入れ替わる凪の状態となることが認められるから、午後にも汚染濃度が上昇する理由は、右凪等によって汚染物質が滞留することにあると考えるのが合理的であり、フュミゲーションが生じているとみることはできないと考えられる。

以上により、フュミゲーションが、日常的に生ずるとする原告らの主張はにわかに採用し難い。

② フュミゲーション時の地上濃度予測

ア 《証拠省略》によれば、被告が基本計画Ⅱにおいてホランドモデル(排煙が閉じ込められていた上空から地表面までの垂直方向の濃度が一様となり、水平方向の濃度は正規分布となると仮定したモデルのひとつで、最も高濃度に産出される。)を用いて行ったフュミゲーション時における地上濃度の試算値は、煙源から八二〇メートル地点において、二酸化いおう〇・〇二四ppm、二酸化窒素〇・〇四九ppm、塩化水素〇・〇一六ppm、ばいじん〇・〇二四mg/m3であることが認められるが、《証拠省略》によれば、ホランドモデルは、垂直方向へ煙が十分拡散、混合したことを仮定したモデルであるから、フュミゲーションの現象を十分モデル化しているとはいえないこと、ホランドモデルはフュミゲーションの濃度計算式の種々のモデルのうち最も高濃度に算出され、現実には起こり得ない高濃度分布予測になるもので、特に煙突近傍において適用し得ないこと等の事実が認められる。

したがって、ホランドモデルによる試算値が右のとおりであるからといって、直ちにフュミゲーション時において、環境基準値を超える濃度が発生すると認めることはできない。

イ 《証拠省略》によれば、右のように精度的に問題のあることからホランドモデルを改善しフュミゲーション時の濃度がより合理的に求められるカーペンターモデル(「ごみ焼却施設環境アセスメントマニュアル(厚生省生活衛生局監修、昭和六一年六月)」)を用いて、フュミゲーション時における本件焼却場に係る濃度値を予測した結果は、ホランドモデルで求められた濃度の一〇分の一以下の低濃度であることが窺われる。

③ 以上から、フュミゲーションによる環境への影響は少ないものといわざるを得ない。

(2) ダウンドラフト

① ダウンドラフトの発生頻度及びダウンドラフト時の着地濃度予測

ア 《証拠省略》によれば、被告が三菱重工業に依頼して行った風洞実験結果として、ダウンドラフトは、煙突を南側に配置した場合(配置A)で煙突頂上における風速が一〇メートル/秒のときに生じていること、煙突を北側に配置することによってダウンドラフトはほとんど防ぐことができることが認められる。

イ 《証拠省略》によれば、煙突頂上における風速が一〇メートル/秒のときの地上一〇メートルの高さにおける風速を、ベキ法則を用い、上空風速換算係数を〇・二として換算すると七・五メートル/秒となり、若林町における地上一〇メートルの風速が七・五メートル/秒の風の発生頻度は年間四九時間であり、そのうち本件で原告ら居住地域にダウンドラフトの影響が生ずる風向である東北東、東、東南東の発生頻度は五時間(総測定時間八六一三時間の〇・〇六%)にすぎないことが認められる。

② ダウンドラフトに関する原告らの主張について

ア 原告らは、短期高濃度予測として、東北東、東、東南東、南東の四風向から地上風速二・五メートル/秒以上(煙突頂上で四・八メートル/秒)の風が吹くときは、シャープスポーツセンター体育館、シャープ商品センター、シャープ商品倉庫、本件焼却場建屋等の影響によってダウンドラフト現象を生ずるとし、その際の煙源から二五〇メートル地点での二酸化窒素の着地濃度を三四ppb、同じく五〇〇メートル地点での着地濃度を一〇ppbと予測し、さらにこれにフェミゲーション現象が重なると右着地濃度の二倍の数値になると主張する。

さらに原告らは、右数値をもとに年平均値への寄与を問題としている。

そこで、原告らの濃度予測について検討する。

イ 風洞実験結果によっては、風速六メートル/秒の場合に煙中心軸の降下は認められるものの、渦領域内への煙の巻き込みを認定することはできず、《証拠省略》に照らせば、煙中心軸の降下があるというだけで、渦領域内へ汚染物質が巻き込まれたと同様の汚染濃度の上昇があると考えることはできないといわざるを得ない(この点森住意見は、一枚の写真のみから渦領域内への汚染物質の巻き込みの有無は判定できないとしているが、だからといって逆に煙中心軸の降下がある場合に渦領域内への巻き込みがあると判断することはできない。)。

さらに、《証拠省略》によれば、煙中心軸の降下があった場合には、建物がない場合に比べて地上濃度が九倍程度上昇していることが認められるが、渦領域への巻き込みがみられる場合に比べてその絶対濃度は遥かに低いものとなっているため、ダウンドラフトが生じたと認めることはできず、結局煙中心軸が降下しているに過ぎない場合は、地上濃度はそれ程高くならないことが予想される。

したがって、森住意見が煙中心軸の降下していることを根拠に風速六メートル/秒でダウンドラフトが生じているとする見解は採用し難く、したがって右見解の下になされた計算結果も採用することは困難である。

ウ また、森住意見は、小川靖の「建物の拡散におよぼす影響 その1 孤立した建物」を基に、建屋の高さの一二倍の所での着地濃度と風軸上の濃度の比は一対二・一五となっているとし、これを前提にして、ダウンドラフト時における窒素酸化物の着地濃度の計算をし、本件焼却場煙突から二五〇メートルの地点で三四ppb、五〇〇メートルの地点で一〇ppbとなり、フュミゲーションが重なると着地濃度は二倍になるとするが、《証拠省略》によれば、小川の実験は風に対する建物の影響につき、三次元の建物の背後では屋根より生ずる渦と建物の側面より生ずる渦とが混在し、風の流れは不規則であってその測定が困難であるところから、屋根から生ずる渦の影響のみを取り上げて、二次元の建物モデルとして考え、かつ煙源は風向きに直角の線煙源とし、建物は風洞横幅いっぱいのフェンスを用いて行ったものであって、本件煙突のような点煙源を用いたものではなく、したがって右実験の結果が三次元の建物が存在する本件の場合にそのまま妥当するものとは考え難い。

なみ煙中心軸の降下によって着地濃度の上昇が有りうるとしても、渦領域内に煙が巻き込まれる場合に比べてその上昇の程度は低いと考えられるから、森住意見のように二次元モデルを根拠として垂直方向の安定度をAとすることはできない(《証拠省略》によれば、他の条件を同一にして、安定度をCとした場合には、風速六メートル/秒で煙源から二五〇メートルの地点において二酸化窒素の着地濃度は一・六ppb、五〇〇メートルの地点において三・六ppbとなることが認められ、着地濃度の影響は、森住意見よりはるかに小さいものとなることが認められる。)。

エ さらに《証拠省略》によれば、煙突の高さが近傍の建物の高さの二・五倍以上であれば、近傍建物はその排煙に影響を及ぼさないことが認められるところ、本件建設予定地から東南東方約二五〇メートル隔てたシャープ商品センターの建物(新)を除く本件建設予定地に近接する前記シャープ関係施設建物の高さは前記五1(三)のとおり最高で一五メートルであるから、これらの建物がその高さの二・五倍である三七・五メートルを越える本件焼却場の煙突の排ガスに影響を及ぼすことはほとんどなく、また本件焼却場の建屋の高さや煙突の位置は、被告において排ガスに悪影響を及ぼさないように設計することは可能というべきであり、右シャープ商品センターの建物(新)については、その位置関係から見て、はたして二・五倍則が及ぶか疑問があるだけでなく、前記風洞実験に徴すると、煙突の位置を北側に持ってくること(配置B)によってその影響を避けうることも窺えないものではないから、近傍建物の影響についての原告らの主張は過大であって認めることは困難といわなければならない。

オ 他の焼却場での実測値との比較について

津島市における拡散実験には、ダウンウオッシュ(排煙吐出速度に比し、風速が大きい場合、煙突の風下に生じる負圧域内に排ガスが巻き込まれ排ガス上昇高さが低下する現象)が生じている等高濃度を生ずる場合をも含んでおり〔なお、被告作成の昭和六二年一一月九日付け実測データによると、津島市における塩化水素の実測データが極めて低く測定された旨記載されている。〕、煙がほとんど上昇しない条件で測定した数値であるから、これをにわかに採用することは困難である。

また、小牧・岩倉衛生組合の焼却場は、《証拠省略》によれば、煙突頂部の背後に標高差が約一〇〇メートルないし一五〇メートルの丘陵地があって、本件建設予定地とは地形的に立地条件が異なることが認められるから、同焼却場に関する大気拡散実験値を本件焼却場の濃度予測にあてはめるのは適当でない。

高槻市における浮遊ふんじんによる拡散濃度予測について、原告らは、高槻市におけるばいじん濃度測定結果から、ばいじんの希釈率が約二〇〇〇分の一程度になるとし、これを本件焼却場の二酸化窒素の着地濃度にあてはめると三〇ppb(排出濃度六〇ppbの二〇〇〇分の一として計算したもの)となるから原告らが算出した三四ppbは実測値に裏付けられたものであると主張し、森住意見も同趣旨のものであるが、《証拠省略》によれば、原告らが行った右測定は、工場からのばいじんだけでなく、風による土砂の巻き上げや車のふんじん等をも含めた測定値であること、バックグラウンド濃度値を高槻市からはなれた交野市のデータを用いたものであること等の事実が認められるので、右測定結果には疑問があり、原告らの主張を裏付けるものとはいえない。

また、原告らが行った池田市ごみ焼却場における塩化水素の測定については、風上の測定地点における測定濃度が異常な高濃度を示したなど測定に疑義があり、原告らの主張の根拠とはなし得ないといわざるを得ない。

カ さらに、原告らの試算した短期濃度予測をもとに年平均値への寄与を計算した点についても原告らの短期濃度予測の妥当性に疑問がある以上原告らの主張を採用することはできない。

キ そうすると、本件焼却場の稼働によって若林町の大気の汚染物質が高濃度となる蓋然性が高いとの原告らの主張は、いまだ認め難いものといわざるをえない。

ク さらに、原告らは、ダウンドラフトとフュミゲーションが重なったときには予測値は二倍になると主張するが、《証拠省略》によれば、フュミゲーションは、風の弱いときに生ずるとされており、ダウンドラフトとフュミゲーションとが同時に生ずる場合があると認めるに足りる証拠はない。

(3) ダウンウオッシュ

《証拠省略》によれば、ダウンウオッシュは、煙突頂上での風速が一〇メートル/秒弱で生ずることが認められる。

煙突頂上における風速が一〇メートル/秒以上の発生頻度(前記換算のとおり地上一〇メートルにおける風速が七・五メートル/秒のとき)は年間五時間であり、さらに、煙突頂上における風速が八メートル/秒以上のときは、前記ベキ法則により上空換算係数を〇・二として計算すると地上一〇メートルにおける風速は六メートル/秒以上となり、《証拠省略》によれば、地上一〇メートルにおける風速が六メートル/秒の発生頻度は年間二〇三時間あり、そのうち本件で原告ら居住地域にダウンドラフトの影響が生ずる風向である東北東、東、東南東の風の発生頻度は一八時間(総測定時間八六一三時間の〇・二%)に過ぎないことが認められる。

しかも、《証拠省略》によれば、煙突の位置、形状を工夫することによってある程度ダウンウオッシュを防ぐことができることが認められる。

(五)  環境影響評価

(1) (三)(3)③の長期濃度予測における予測値によれば、本件焼却場の排ガスによる大気汚染は低く抑えられて、大気に対するその影響は極めて低く、(四)の短期濃度予測においても、高い濃度となる頻度は極めて少ないと認められ、浮遊ふんじんの一時間値、日平均値を除き(これについては左記(2)のとおり)、(一)(2)のバックグランド濃度を加味してもいずれも(一)(1)の環境基準を下回ることが認められる。

(2) ところで、若林町における昭和五六年一〇月から昭和五七年九月までの浮遊ふんじんの一時間値、日平均値の各九八%値は前記のとおりかなり高い数値を示し、《証拠省略》によれば、最高五一〇mg/m3(昭和五六年一二月二九日午後一〇時)となったが、同日は一日中他の日にあまりみられない高濃度のふんじんが生じていたことが認められ(前々日から同日の三日間にかけて高濃度となっている。)、これが右九八%値に影響したことは否定できず、他方《証拠省略》中昭和五八年度から昭和六三年度までの浮遊ふんじんの観測値をみると、右のような高数値は現れておらず、一般的には浮遊ふんじん量は多いとはいい難い。このような点に鑑みると、異例現象ともいうべき前記浮遊ふんじんの一時間値、日平均値を根拠に原告らに受忍限度を越える浮遊ふんじんの悪影響があるものと断ずることは困難である。

3  本件焼却場から排煙として排出されるその他の物質による環境被害の蓋然性

(一)  ダイオキシンについて

《証拠省略》によれば、ダイオキシンのうち、もっとも猛毒とされる2・3・7・8TCDDの致死量は体重一キログラム当たり一〇マイクログラムといわれ、遺伝子にも強い影響を与え、先天性異常児や死産の原因の一つとされていること、ダイオキシンは、塩化ビニールや木材の防腐剤の焼却等によって発生すると考えられていること、ごみ焼却場からの発生については、炉内温度が三〇〇℃くらいから生成しはじめ、七〇〇℃を超えると生成より壊れる割合が高くなり、一二〇〇℃でほぼ完全に分解するとされるが、ごみ自体の不均一性のため炉内を一二〇〇℃に保ったまま運転を連続的に維持するのは不可能であるとされていること、昭和五八年に愛媛大学農学部の調査により松山市他九か所の焼却場の残灰からダイオキシンが検出され、右一〇か所の調査結果は特異なものとはいえず、一般にごみ焼却場の残灰からダイオキシンが検出されるおそれがあること、以上の各事実を認めることができる。しかしこれに対し、昭和五九年五月二四日付け厚生省環境衛生局水道環境部長名の通知によれば、ごみ焼却処理に伴うダイオキシンの発生による健康被害は見い出せないレベルであるとされていることが認められる。

以上によれば、本件焼却場の稼働により、ダイオキシンが排出される可能性が皆無であるとはいえないが、それが健康被害を及ぼすおそれがある排出量に達すると認めるに足りず、前記事実のみでは本件焼却場建設の差止めを認めるまでには至らない。

(二)  無機水銀

《証拠省略》によれば、無機水銀は、一般に原告ら主張のような健康被害を及ぼすとされていること、一般家庭において使用される水銀を含有する主なものとしては、乾電池類、赤色顔料を使用した製品、螢光灯、水銀灯等があるが、これらは分別収集を行うことによってその相当量を焼却対象から排除することが可能である上、これらを仮に焼却しても、焼却場周辺の水銀の着地濃度は一万分の一程度で、直ちに人体に影響を与えることはないとされていること、さらに、昭和六〇年七月二四日付け厚生省生活衛生局水道環境部環境整備課長名でされた通知によれば、水銀の発生源といわれている使用済み乾電池を一般のごみと一緒に処理しても、生活環境保全上特に問題となる状況にはないとされていること、水銀含有量が多いとされていたアルカリ乾電池につき、水銀含有量を従来の三分の一から六分の一にまで低減させるよう検討中であること等の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によれば、本件焼却場の稼働に伴い、無機水銀による被害が生ずると認めることはできない。

4  複合汚染

叙上認定の事実関係においては、前記の各汚染物質により原告らに受忍限度を超える環境被害が生ずるとまで認めることは困難であり、汚染物質の複合により、さらに大きな被害が生ずると認めるに足りる証拠もなく、この点についての原告らの主張も採用し難い。

5  以上のとおり、本件焼却場からの排煙による環境被害の蓋然性は高いとはいえず、さらに被告が本件焼却場稼働後も大気汚染監視体制を取る計画であることなども考え併せると、本件焼却場の稼働により、原告らに受忍限度を超える大気環境被害やその他の排煙による環境被害が生ずると認めることはできず、この点に関する原告らの主張は理由がない。

七  排煙以外によるその他の環境被害について

1  排水

(一)  《証拠省略》によれば、原告らは、落堀川から直接農業用水を取っていることが認められるが、後記(二)のとおり、本件焼却場においてはクローズドシステムを採用することが認められ、本件焼却場の稼働により重大な排水汚染が生ずると認めるに足りる証拠はないから、この点についての原告らの主張は理由がない。

(二)  排水処理・クローズドシステムの採用

(1) 《証拠省略》によれば、次の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

① 一般に、ごみ焼却場から排出される排水としては、焼却施設から排出されるものと生活排水の二経路に分けられ、焼却施設から排出されるものとしては、焼却灰冷却水、ピット汚水(ごみがごみピットに貯留されているときに出てくる汚水)、洗煙排水があり、生活排水としては、洗車排水、風呂排水、手洗用水等がある。

② 本件焼却場においては、右排水のうち、洗煙排水は浄化した上で焼却灰冷却水として使用し、ピット汚水は焼却炉内高温ガス域に空気圧を利用して噴霧燃焼させることとし、焼却灰冷却水については、生成塩コンクリート固化に使用する計画である。

③ 生活排水及び洗車排水については、油水分離、凝集沈殿、活性炭吸着等の浄化処理ののち、生成塩コンクリート固化に使用し、除去した不純物は焼却炉で焼却処理することとし、原則として放流せず、焼却炉の運休停止、その他の事情によって処理水を利用できない場合には、滅菌の上例外的に落堀川へ放流する計画である。

右のとおり例外的に本件焼却場から放出する処理水の排出濃度の上限値は次のとおりとする。

BOD 一五mg/l

COD 一五mg/l

SS 三〇mg/l

PH 六・五ないし八・五

ノルマルヘキサン抽出物質 三mg/l

以上によれば、クローズドシステムの採用により、原則として排水が放流されることはなくなり、例外的に放流されるときでも生活排水を滅菌の上放流するのであるから、排水による汚濁は極めて少ないものであることが予想される。

(2) これに対し、原告らは、被告の計画するクローズドシステムは実現不可能であると主張するが、《証拠省略》によれば、青森県八戸市他一二か所の焼却場においてクローズドシステムを採用しており、これは既に確立された方法であることが認められ、さらに、例外的に一部落堀川に放流される排水についても、被告主張の排水濃度が守られないと認めるに足りる証拠はなく、原告ら主張の被害が生ずると認めることはできない。

2  悪臭

《証拠省略》によれば、悪臭の主な原因は、生ごみの腐敗等による臭気がごみ収集車、投入場、ごみピット等から漏れ、あるいはごみ汚水が漏れることによって発生することが認められるが、《証拠省略》によれば、本件において被告は、本件焼却場はごみ収集車の搬入口以外は密閉し、収集車の出入口にはエアカーテンを設け、工場内を負圧状態にして臭気が外部に漏れるのを防ぐ構造を取ること、ごみ収集車は密閉式とすること等の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によれば、本件焼却場では悪臭を防止する措置が講じられると認めることができ、原告らに受忍限度を超える被害が生ずると認めるに足りる証拠はない。

3  騒音、振動、低周波

《証拠省略》によれば、一般論としては、ごみ焼却場の稼働により、騒音・振動・低周波の被害が生ずることが認められるものの、《証拠省略》によれば、被告は本件焼却場において、工場建物を吸音構造とする、破砕機を二重壁の中にいれる等、騒音・振動を防止する措置を講ずる予定であることが認められるのであって、本件焼却場の稼働によって、原告らに受忍限度を超える被害が生ずると認めるに足りる証拠はない。

4  交通渋滞、交通事故

《証拠省略》によれば、本件焼却場へのごみ搬入予定路にされている府道大阪羽曳野線は、交通量が多く朝夕のラッシュ時には渋滞が生じており、その後新明治橋を新設した後においても交通渋滞及び交通事故が生じていることが認められるが、本件焼却場の建設によって交通渋滞及び交通事故が著しく増大すると認めるに足りる証拠はないだけでなく、右交通渋滞等が原告らの本件差止請求の根拠となりうるものではなく、この点についての原告らの主張は理由がない。

5  浸水時に生ずる被害

《証拠省略》によれば、大雨等により大和川の水位が上がると、右大和川に流入している落堀川に大和川の水が逆流して本件建設予定地付近は水害を受けやすい状況にあること、実際にも昭和五七年八月一日及び三日には大雨のため本件建設予定地を含めた付近一帯が浸水したことがあったが、昭和五九年六月に東淀川放水路が完成し、排水が容易になったため、水害の危険が解消されたこと等の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上の事実によれば、東淀川放水路完成後は、本件建設予定地において、浸水の危険はほとんどなくなっており、浸水によって本件焼却場から有害物質が排出されるおそれがあるとまで認めることはできない。

6  若林町の発展阻害、陸の孤島化

本件焼却場の建設、稼働により若林町の発展阻害、陸の孤島化の招くと認めるに足りる証拠はない。

7  以上のとおり、原告らの主張にかかる排煙以外によるその他の環境被害は、いずれも受忍限度を超えるとまで認めることはできず、原告らの主張は理由がない。

八  住民参加手続の欠如及び環境アセスメントについて

《証拠省略》によれば、大阪府は環境影響評価要綱として、土地の形状の変更、工作物の接地等の事業の実施に伴う環境影響評価手続を定め、その中において、事業者に対し、環境影響評価の実施を義務付け、関係住民が意見を述べることができること等を規定しており、《証拠省略》によれば、全国都市清掃会議において、住民参加手続の重要性が強調されていることが認められ、環境アセスメントの徹底及び住民参加を極力図ることが好ましいことはいうまでもないが、《証拠省略》によれば、被告は原告らと協議を尽くそうとしたが、原告らの本件焼却場建設反対の態度は強く、円満な話し合いの手続が進まず、かつ被告の大気観測も妨害をされたことが認められる上、原告らが主張する右手続を義務付ける法律上の根拠はなく、原告らが主張する環境権の手続的側面、相隣的信義則等も、その法的根拠が不明であって、採用することはできない。

したがって、環境アセスメント及び住民参加手続の欠如を理由とするこの点についての原告らの主張は理由がない。

九  合意について

1  《証拠省略》によれば、次の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

(一)  昭和五四年二月、被告は原告らに対し、本件建設予定地における環境調査を申し入れたが、原告らは本件計画の白紙撤回を求めていたためこれを拒否した。

翌昭和五五年九月一二日、当時当庁に係属していた被告と原告らとの間の本件建設予定地における立入、大気環境調査等の妨害禁止の仮処分(当庁昭和五一年(ヨ)第一七五号)の期日において、被告から環境調査の申し入れがあり、再び原告らと被告との間で、この点が問題化してきた。

(二)  その後、原告らと被告との間で交渉が行われたが、同年一一月一三日に、被告は原告らに対し、計画の白紙撤回はできないが、縦覧告示の撤回には応じ、その代わりに本件建設予定地における観測を了承することを求めるとの意向を示し、被告は、昭和五八年八月二五日付け松原市告示第三八号(縦覧告示)は撤回し、環境調査を本件建設予定地を含め同時期に三か所で行う等の内容のメモ書きを手交した。

(三)  これに対し、原告らはあくまでも計画の白紙撤回を求めたが、結局合意を得られないまま、前記メモ書きの内容の範囲で、話し合いによって誠実に対応するとの合意をすることとなり、同月一七日、原告らと被告との間で、誠実に対応していく旨の合意をし、同年一二月二六日に被告は縦覧告示を撤回した。

2  以上の事実によれば、原告らは、被告市長に対し本件焼却場建設計画の白紙撤回を求めていたが、昭和五五年一一月一七日において、原告らと被告が争いを止めて誠実に話し合うという抽象的な合意をしたものであって、前記メモ書以外に原告らと被告との間における合意について作成された文書はなく、計画の白紙撤回については結局合意をみないままであったことが窺われるのであって、原告ら主張のような本件焼却場の建設については、以後の手続その他一切の準備行為は、原告らと協議を行い合意を得た上でなすものとし、合意がないまま手続その他一切の準備行為を先行させないとの内容の合意にまで至ったものと認めることは困難である。

よって、この点に関する原告らの主張も理由がない。

一〇  結論

以上によれば、本件焼却場が稼働した場合に、本件焼却場の稼働により原告らに受忍限度を超える環境被害が生ずると認めることはできず、代替地の存在、住民参加手続の欠如、環境アセスメントの不十分性は、いずれもそれ自体で本件焼却場の建設を違法たらしめるものとは考えられない。また本件焼却場建設についての原告ら主張の合意も認めることができない。

よって、原告らの本件請求はいずれも理由がないからこれらを棄却し、訴訟費用の負担については、民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林茂雄 裁判官 熱田康明 裁判官吉田尚弘は転任のため署名押印することはできない。裁判長裁判官 小林茂雄)

<以下省略>

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